Cheyenne/Hanoi Rocks |
[ 2000/04/07 ]
邦題は「涙のシャイアン」。ドラえもんに出てくる肥満児とは関係ないと思うが、シャイアンってのが何なのかはよくわからない。おそらくは人の名前だと思うのだが。
僕にとってのロックンロールは、20歳前後で一旦終了した。クィーン、キッス、エアロスミス…といったロックンロールをアルバムリリースとリアルタイムで追いかけてきたが、20歳前後で出てきたパンクロックによって購入するアルバムのカテゴリのメインが変更されたのだ。時期的にもエアロスミスからジョーが脱退したり、ジョン・ボーナムが死亡したり、キッスが活動を中止したり…みたいな背景があったことも大きいと思う。その後のニューウェーブと平行して走っていたヘビーメタルのミュージシャンは殆ど聴くことがなかった。というか聴いてはいけなかったんだな…パンク少年にとっては。
ハードロックやヘビーメタル、あるいは歌謡曲といったパンクやニューウェーブ以外の曲を聴くようになったのは30歳前後である。なぜかというと、その頃の僕はミュージシャンになるという夢が消えていたから。バンド活動もほぼ完全に終了していたし、若い頃は忌み嫌っていたカラオケも、むしろ好きになっていた。自分の聴く音に対してポリシーがなくなった。というか「楽曲として気持ちよければジャンルは問わない」というポリシーに変更になったというのが正しい。30の頃はアートディレクターとして多くのデザイナーやコピライターと一緒に仕事をしていた。仕事場にはステレオセットがあり、FMラジオやデザイナーが持ち込んだカセットテープをよく聴いていた。ハノイロックスやモトリー・クルー、スキッド・ロウなどの曲が仕事をしながらよく流れていた。
自分にとって「聴いてはいけないジャンル」という垣根を取っ払うと、とたんにレコードやCDを購入するジャンルが拡大する。過去20年近く封印していたジャンルの音源を手に入れると、なんだか得した気分になる。かつて音楽はミュージシャンの苦悩などをリスナー(僕です)が共有し、常にリアルタイムに新譜を追いかけていたものだったが、この頃から過去にリリースされた音源を買うことも多くなった。そうなると全部のアルバムを購入する体力が伴わないので、どうしてもベスト盤が多くなるのだが。
ハノイロックスの音源は、CDで3枚所有しているが、いずれもベスト盤だったりする。「涙のシャイアン」はその中でもお気に入り。メロディアスなロックンロールが涙腺を刺激するような曲だ。しかし楽曲としては、イントロのメロディアスなアルペジオでギターのチューニングが狂っているというおマヌケな曲でもある。だが多少チューニングが狂っていようと、気にならないくらいにミュージシャンの熱意を感じられる曲だ。そういう意味では、精神的にパンクだと思ったりもする。
実際に、かつて明確にパンクとハードロックに垣根があった時代を考えると、モトリークルーやハノイロックスは、両方の延長線上にあると思う。実はパンクロックなるものの音源そのものには、たいしたポリシーはない。ダムドやバスコックスといった王道のパンクを聴いていると、「反抗」とか「抵抗」とか、そういったくだらないイメージとは関係ないことがわかる。それはファッションだったり、古くさいイメージ戦略だったりもするのだ。単なる音源だけを連続して再生していると、ダムドやバズコックスなどとハノイロックスとの境はない。要は楽しめばいい。スピードとスリルがそこにあればいいのだと思ったりもする。それは自分が年齢を重ねて、ファッションと音源を分離して考えられるようになったことも大きい。
でもそれは、HTMLとCSSによる「情報」と「デザイン」の分離とはあまり関係ない。
僕にとってのロックンロールは、20歳前後で一旦終了した。クィーン、キッス、エアロスミス…といったロックンロールをアルバムリリースとリアルタイムで追いかけてきたが、20歳前後で出てきたパンクロックによって購入するアルバムのカテゴリのメインが変更されたのだ。時期的にもエアロスミスからジョーが脱退したり、ジョン・ボーナムが死亡したり、キッスが活動を中止したり…みたいな背景があったことも大きいと思う。その後のニューウェーブと平行して走っていたヘビーメタルのミュージシャンは殆ど聴くことがなかった。というか聴いてはいけなかったんだな…パンク少年にとっては。
ハードロックやヘビーメタル、あるいは歌謡曲といったパンクやニューウェーブ以外の曲を聴くようになったのは30歳前後である。なぜかというと、その頃の僕はミュージシャンになるという夢が消えていたから。バンド活動もほぼ完全に終了していたし、若い頃は忌み嫌っていたカラオケも、むしろ好きになっていた。自分の聴く音に対してポリシーがなくなった。というか「楽曲として気持ちよければジャンルは問わない」というポリシーに変更になったというのが正しい。30の頃はアートディレクターとして多くのデザイナーやコピライターと一緒に仕事をしていた。仕事場にはステレオセットがあり、FMラジオやデザイナーが持ち込んだカセットテープをよく聴いていた。ハノイロックスやモトリー・クルー、スキッド・ロウなどの曲が仕事をしながらよく流れていた。
自分にとって「聴いてはいけないジャンル」という垣根を取っ払うと、とたんにレコードやCDを購入するジャンルが拡大する。過去20年近く封印していたジャンルの音源を手に入れると、なんだか得した気分になる。かつて音楽はミュージシャンの苦悩などをリスナー(僕です)が共有し、常にリアルタイムに新譜を追いかけていたものだったが、この頃から過去にリリースされた音源を買うことも多くなった。そうなると全部のアルバムを購入する体力が伴わないので、どうしてもベスト盤が多くなるのだが。
ハノイロックスの音源は、CDで3枚所有しているが、いずれもベスト盤だったりする。「涙のシャイアン」はその中でもお気に入り。メロディアスなロックンロールが涙腺を刺激するような曲だ。しかし楽曲としては、イントロのメロディアスなアルペジオでギターのチューニングが狂っているというおマヌケな曲でもある。だが多少チューニングが狂っていようと、気にならないくらいにミュージシャンの熱意を感じられる曲だ。そういう意味では、精神的にパンクだと思ったりもする。
実際に、かつて明確にパンクとハードロックに垣根があった時代を考えると、モトリークルーやハノイロックスは、両方の延長線上にあると思う。実はパンクロックなるものの音源そのものには、たいしたポリシーはない。ダムドやバスコックスといった王道のパンクを聴いていると、「反抗」とか「抵抗」とか、そういったくだらないイメージとは関係ないことがわかる。それはファッションだったり、古くさいイメージ戦略だったりもするのだ。単なる音源だけを連続して再生していると、ダムドやバズコックスなどとハノイロックスとの境はない。要は楽しめばいい。スピードとスリルがそこにあればいいのだと思ったりもする。それは自分が年齢を重ねて、ファッションと音源を分離して考えられるようになったことも大きい。
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