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潤沢な紙 |
[ 2000/12/08 ]
僕が鉄人28号を好きだった理由のひとつに「描きやすい」というのが挙げられる。子供の頃は鉄人の絵ばかり書いていた。曲線が多い鉄腕アトムより、プリミティブな立方体を組み合わせた鉄人28号は描きやすかった。でも、実際には表情が変化しない鉄人28号に比べて、まるで人間のようにイロイロな表情をする鉄腕アトムが苦手ってことだったんだろうね。子供頃からずっと絵を描いていた。それには理由がある。
「そこに紙があったから」
母親が紙問屋の娘だったこともあり、貧乏な我が家にも『紙』だけは潤沢にあったのだ。前回も書いたけど、母親の実家は紙問屋。もともとはローソクや線香を売っていたらしい(江戸時代は)。そこから紙を扱うようになり、それは文具になった。
問屋としての得意先は田舎の小売店。いわゆる「よろずや」と呼ばれる何でも売っている店。そこに商品を卸すことで、ローソクや紙、文具だけでなく、洗剤や石けんなどの日用品も扱っていたみたいだ。要するに食品以外のモノだ。
幼い頃から紙と鉛筆は潤沢にあった。何年も売れなくてホコリをかぶったり、日に焼けてしまったノートや鉛筆(母親はその状態を「風邪ひいている」と呼んでいた)は、生まれたときから、いつも周囲にあった。風邪をひいたノートにぐちゃぐちゃと落書きばかりして育ってきた。年に何回か親戚の家から売り物にならなくなった(でも使える)商品が何回か送られてきたのを覚えている。
今の子供がアンパンマンはドラえもんの落書きをするように、僕も鉄人やアトムの落書きをしきてた。他の子供よりも絶対的な数量として、描いてきた枚数が多いわけだから、当然それなりに器用にもなる。
母親をはじめとする大人に「上手に描けたわね」と言われると、子供はまた調子に乗って描くのだ。描いて描いて、描きまくる毎日だった。
ちなみに、今でも鉄人28号はホイホイ描けてしまう。
「そこに紙があったから」
母親が紙問屋の娘だったこともあり、貧乏な我が家にも『紙』だけは潤沢にあったのだ。前回も書いたけど、母親の実家は紙問屋。もともとはローソクや線香を売っていたらしい(江戸時代は)。そこから紙を扱うようになり、それは文具になった。
問屋としての得意先は田舎の小売店。いわゆる「よろずや」と呼ばれる何でも売っている店。そこに商品を卸すことで、ローソクや紙、文具だけでなく、洗剤や石けんなどの日用品も扱っていたみたいだ。要するに食品以外のモノだ。
幼い頃から紙と鉛筆は潤沢にあった。何年も売れなくてホコリをかぶったり、日に焼けてしまったノートや鉛筆(母親はその状態を「風邪ひいている」と呼んでいた)は、生まれたときから、いつも周囲にあった。風邪をひいたノートにぐちゃぐちゃと落書きばかりして育ってきた。年に何回か親戚の家から売り物にならなくなった(でも使える)商品が何回か送られてきたのを覚えている。
今の子供がアンパンマンはドラえもんの落書きをするように、僕も鉄人やアトムの落書きをしきてた。他の子供よりも絶対的な数量として、描いてきた枚数が多いわけだから、当然それなりに器用にもなる。
母親をはじめとする大人に「上手に描けたわね」と言われると、子供はまた調子に乗って描くのだ。描いて描いて、描きまくる毎日だった。
ちなみに、今でも鉄人28号はホイホイ描けてしまう。
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鉄人28号 |
[ 2000/12/07 ]
自分にとっての一番古い記憶は何だろう。明確に思い出すのは小学校2年生くらいの記憶。田圃の畦道を通って帰る道。あるいは木造校舎の油臭い匂い。それ以前の記憶もなんとなくあるのだが、実はその多くは家に残っている写真とか、両親とかが話してくれた記憶によるものが多いと思っている。
僕が生まれたのは大阪の茨木市。舗装されていない道。落ちると真っ黒な泥ドロにまみれるドブ川がある町。昭和30年代の風景。父親はサラリーマンだったが、とても貧乏だった。幼い頃に両親を亡くして、親戚の家に居候したりして育ったという。大阪の兄を頼って故郷の会津若松を出て、大阪の会社に就職した。なかなかドラマチックな人生だ。就職した会社は証券手続の代行業務を行っている会社だった。
父親は商業高校という学歴だった。それでも最後は本店の部長まで務めたのだから尊敬に値する。母親は地方都市にある江戸時代から続いている紙屋の娘。といっても末っ子のため父親は他界し、兄が家長になっていたので、あまり大切にされなかったと言う。加えて戦争があったせいで、大変だったみたいだ。
考えてみれば、僕が生まれた昭和33年というのは、戦後13年しか経過していないのだ。たった13年だぞ。それまでは鬼畜米英とか言って、配給米で生活をしたのだよ。
まあ、そんな夫婦の子供だったので貧乏だったみたいだ。ただ父親はちゃんとした会社のサラリーマンだったので生活は安定していたみたいだ。そんな中に僕は生まれた。父親は貧乏暮らしにも関わらず、カメラを奮発して購入した。なのでけっこう写真が沢山残っている。そういった環境下で生まれてきた僕は、望まれた子供だった。だからとても大切にされたみたいだ。そのことは今でも感謝している。
子供の頃から玩具がやたら多かった。どの写真にも玩具を抱えた僕が映っており、それはどれも異なる玩具だ。
父親はサラリーマンだったので、転勤が多かった。僕は幼稚園の時に広島に引っ越しをした。弟と一緒に映っている写真で、僕は鉄人28号のブリキの玩具を抱えている。幼い頃の記憶は曖昧だが、鉄人28号はよく覚えている。モノクロのテレビ受信機に映る鉄人のオープニング。
子供の頃は、たぶんオンエアされているすべてのテレビマンガを見たと思う。以前に「テレビアニメ30年史」という本を買ったときに、中学三年までオンエアされていたアニメのすべての主題歌を思い出すことができたから。
ロボットマンガは大きく分類すると「鉄人派」か「アトム派」か…とか言われる。もちろん鉄腕アトムも欠かさずに見ていた。欠かすわけがない。昭和30年代の子供にとってテレビアニメは至福の時間なのだから。鉄人もアトムも好きだ…でも百貨店で玩具を買ってもらう際になると、決断をしなくてはならない。その際には僕は鉄人28号を買ってもらっていた。
なぜ鉄腕アトムじゃないんだろう? たぶんアトムはロボットじゃなくて人間なんだな。でも鉄人はロボット。あんな人間はいない。あたりまえ。
子供の頃に鉄人が好きだった記憶は今でも残っている。そして実は今でも鉄人が好きだ。もちろんコミックスは全館揃えているし、買える範囲のフィギアも多く所有している。数年前にアメリカでリメイクされたGIGANTERもコレクションした。
たぶんモノ作りのルーツみたいなものに、鉄人28号…って大きく影響しているんじゃないかな。
僕が生まれたのは大阪の茨木市。舗装されていない道。落ちると真っ黒な泥ドロにまみれるドブ川がある町。昭和30年代の風景。父親はサラリーマンだったが、とても貧乏だった。幼い頃に両親を亡くして、親戚の家に居候したりして育ったという。大阪の兄を頼って故郷の会津若松を出て、大阪の会社に就職した。なかなかドラマチックな人生だ。就職した会社は証券手続の代行業務を行っている会社だった。
父親は商業高校という学歴だった。それでも最後は本店の部長まで務めたのだから尊敬に値する。母親は地方都市にある江戸時代から続いている紙屋の娘。といっても末っ子のため父親は他界し、兄が家長になっていたので、あまり大切にされなかったと言う。加えて戦争があったせいで、大変だったみたいだ。
考えてみれば、僕が生まれた昭和33年というのは、戦後13年しか経過していないのだ。たった13年だぞ。それまでは鬼畜米英とか言って、配給米で生活をしたのだよ。
まあ、そんな夫婦の子供だったので貧乏だったみたいだ。ただ父親はちゃんとした会社のサラリーマンだったので生活は安定していたみたいだ。そんな中に僕は生まれた。父親は貧乏暮らしにも関わらず、カメラを奮発して購入した。なのでけっこう写真が沢山残っている。そういった環境下で生まれてきた僕は、望まれた子供だった。だからとても大切にされたみたいだ。そのことは今でも感謝している。
子供の頃から玩具がやたら多かった。どの写真にも玩具を抱えた僕が映っており、それはどれも異なる玩具だ。
父親はサラリーマンだったので、転勤が多かった。僕は幼稚園の時に広島に引っ越しをした。弟と一緒に映っている写真で、僕は鉄人28号のブリキの玩具を抱えている。幼い頃の記憶は曖昧だが、鉄人28号はよく覚えている。モノクロのテレビ受信機に映る鉄人のオープニング。
子供の頃は、たぶんオンエアされているすべてのテレビマンガを見たと思う。以前に「テレビアニメ30年史」という本を買ったときに、中学三年までオンエアされていたアニメのすべての主題歌を思い出すことができたから。
ロボットマンガは大きく分類すると「鉄人派」か「アトム派」か…とか言われる。もちろん鉄腕アトムも欠かさずに見ていた。欠かすわけがない。昭和30年代の子供にとってテレビアニメは至福の時間なのだから。鉄人もアトムも好きだ…でも百貨店で玩具を買ってもらう際になると、決断をしなくてはならない。その際には僕は鉄人28号を買ってもらっていた。
なぜ鉄腕アトムじゃないんだろう? たぶんアトムはロボットじゃなくて人間なんだな。でも鉄人はロボット。あんな人間はいない。あたりまえ。
子供の頃に鉄人が好きだった記憶は今でも残っている。そして実は今でも鉄人が好きだ。もちろんコミックスは全館揃えているし、買える範囲のフィギアも多く所有している。数年前にアメリカでリメイクされたGIGANTERもコレクションした。
たぶんモノ作りのルーツみたいなものに、鉄人28号…って大きく影響しているんじゃないかな。
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